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高松高等裁判所 昭和61年(ネ)18号 判決

控訴人

赤堀敬一

右法定代理人親権者父

赤堀睦

同母

赤堀照子

右訴訟代理人弁護士

矢野隆三

被控訴人

日本赤十字社

右代表者社長

林敬三

被控訴人

五石惇司

被控訴人

岡本博文

右三名訴訟代理人弁護士

饗庭忠男

徳田恒光

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  控訴の趣旨

(一)  原判決を取り消す。

(二)  被控訴人らは控訴人に対し、各自金三一一七万八二二六円及び内金二九六七万八二二六円に対する昭和五三年七月三一日から、内金一五〇万円に対する昭和五六年一月三〇日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(三)  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

(四)  (二)、(三)項につき仮執行の宣言。

2  控訴の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

二  当事者の主張・立証

次のとおり補正・付加するほかは、原判決の事実摘示と同じであるから、これを引用する。

1  原判決事実の補正

(一)  原判決四枚目表三行目の末尾に続けて「したがつて、本件血管撮影と控訴人の右眼失明との間には因果関係が存在する。」を、同裏二行目の「行われた」の次に「際、その指摘が他の医師によつてなされた」を、同一一行目の末尾に続けて「殊に、本件血管撮影を直接担当した被控訴人岡本は、医師経験年数僅か二年二か月であつて、十分な経験を有していたとは言えず、現に本件血管撮影の三日前には同じ撮影に失敗しているのであるから、右不手際のあつた可能性は十分考えられるところであり、前記のように本件血管撮影と失明との間に因果関係が存在する以上右不手際があつたものと推定されるべきである。」をそれぞれ加える。

(二)  同五枚目表一行目の「際」を「関」と、同二行目の「でもあつたのに、」を「があつたのに(現に眼動脈が比較的鮮明に造影されている以上、眼動脈が造影される確率など問題にならないわけであるが、あえてその点について触れるならば、無選択の内頸動脈撮影で八九パーセント、カテーテル法によるそれでは九五パーセントである旨の文献があるほどで、幾ら低く見積つても一〇パーセントないし二〇パーセントといつた低率であることはありえない。)、被控訴人岡本による本件血管撮影後の瞳孔検査等の臨床症状や自覚症状がない旨の説明がなされたりした結果、眼科専門医でないにもかかわらず、眼動脈の奇型にすぎないと速断し、」とそれぞれ改め、同三行目の末尾に続けて「しかし、眼動脈の奇型は僅々二パーセント程度のまれな事例に属するうえ、本件血管撮影後の控訴人は麻痺から覚醒していなかつたのであるから自覚症状がないのは当然のことであり、また、右瞳孔検査につき、カルテに対光反応に関する検査結果の記載がないので、それがなされていないものと推測するほかないが、仮にそれがなされているとしても、失明は血管撮影直後に生じるとは限らず、血管の閉塞状況によつては数時間ないしは数日後に生じることもありうるので、これに依存するのは危険であるから、右放置の措置が極めて軽率であつたとの批難は到底免れえないところである。」を加える。

(三)  同七枚目表九行目の「(2)は否認する。」の次に「被控訴人岡本に控訴人主張の血管撮影の失敗はない。それは全身麻酔による事故の発生を懸念して局所麻酔にとどめたところ、控訴人の体動が激しいため、後日全身麻酔により改めて行うこととし、麻酔剤の注射針を皮膚に刺入した段階で中止したにすぎない。また、現在、我が国においては、自ら血管撮影を行つている眼科医はほとんどなく、脳神経外科医がこれを行い読影判断しているのが実情である。」を加える。

2  当審主張

(一)  控訴人

本訴は、血管撮影が後遺症発生の可能性を有する危険なものとして、撮影直後における写真読影を通じ適切な措置が講じられたか否かが主として問題になる案件であり、医療水準が問題となるものではない。したがつて、被控訴人医師らの注意義務違反の有無につき、医療水準を判断基準とするのは誤つているものと言わなければならない。

(二)  被控訴人ら

被控訴人医師らの注意義務違反の有無を判断するのに、本件血管撮影当時における医療水準の考慮は、極めて重要なことである。けだし、現代の進歩した医学と言えども、本件のような偶発症を皆無にすることはほとんど不可能で、医師に一般医学常識及び医学定説上の落度が認められない以上、医師に注意義務違反があつたものとするのは一方的にすぎるからである。

理由

一当裁判所も、控訴人の被控訴人らに対する本訴請求を棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり補正・付加するほかは、原判決の理由説示と同じであるから、これを引用する。

1  原判決理由の補正

(一)  原判決一三枚目裏四行目の「同月七月二八」を「同月二八」と改める。

(二)  同一六枚目裏一行目の「瞳光」を「瞳孔」と改める。

(三)  同二三枚目表一一行目の「その可」から同裏四行目までを「その可能性の具体的状況を決定するには更に検討を要するところ、もし被控訴人医師らの注意義務違反が否定されるならば、右因果関係の具体的状況についての判断に入るまでもないので、右状況の判断をしばらく措いて、右注意義務違反の有無について判断する。」と改め、同裏一一行目の末尾に続けて「なお、〈証拠〉によれば、被控訴人五石は昭和三七年五月医師免許証の交付を受け、本件血管撮影当時一六年三か月の医師経験を有し、その間二〇〇〇件を越える血管撮影を施行してきた者であり、被控訴人岡本は昭和五一年六月医師免許証の交付を受け、本件血管撮影当時二年二か月の医師経験年数ながら、昭和五二年四月以降松山日赤に在勤中、被控訴人五石らの指導を受け、同病院で施行された頸動脈撮影約四五〇件、椎骨動脈撮影約一八〇件合計約六三〇件のうち約二〇〇件を担当してきた者であつて、本件血管撮影施行に関し特にその担当医師である被控訴人岡本の経験・技術が問題となるような事情にはならなかつたものと認められる。」を加える。

(四)  同二四枚目表四行目の「確率は、」の次に「控訴人主張のような高率の数字を示す文献もなくはないが、臨床医の実体験としてはかなり低率のものとして認識されているのが一般で、現に」を加える。

(五)  同二五枚目表六行目の鍵括弧から同八行目までを「極めて珍しい例に属する。」と、同裏一行目から三行目までの括弧内部分を削り、同八行目の「現在」を「本件血管撮影当時」とそれぞれ改める。

2  当審主張に対する判断

控訴人は、当審において、被控訴人医師らの注意義務違反の有無につき、医療水準を判断基準にするのは誤つている旨主張する。

思うに、被控訴人医師らが勤務する松山日赤と控訴人との間に締結された本件診療契約は、病的症状の医学的解明という診断と治療行為という事務処理を目的とするものであつて、その法的性質は準委任契約と解するのが相当である。そうすると、被控訴人医師らは、患者たる控訴人に対して善管注意義務を負担し、これに従つて診療行為をなすことになるが、右注意義務は人の生命及び建康を管理すべき業務の性質に照らし、危険防止のために実験上必要とされる最善のものが要求され、その基準となるべきものが診療行為当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準にほかならない。したがつて、本件血管撮影に関し、被控訴人医師らは右医療水準に沿つた措置を講ずれば足りるのであるから、その注意義務違反の有無につき、医療水準を判断基準とするのは相当であつて、誤りではない。したがつて、右主張は採用できない。

二よつて、右判断と同旨の原判決は相当で、本件各控訴はいずれも理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官高田政彦 裁判官早井博昭 裁判官上野利隆)

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